2014年5月15日木曜日

<お酒屋今昔物語> ~3~

もりぐち酒店編…③

潮江デパート(現・コア)での店舗での営業は店売りが主体でした。


当時は他に競合店も少なく絶え間なくお客様の来店がありました。
当店は酒類・食料品を扱っていましたのビールや醤油などの調味料は当り前のように配達も行っていました。


私自身小学校5年の頃から夏休みや冬休みには配達を手伝っていました。(バイト賃欲しさに…)


中高生の頃も配達を手伝っていましたが大学生になった頃から店舗での販売も手伝うようになりました。(もっとバイト賃が欲しかったので…)


配達と店の両方を手伝いならが大学に通っていました。遊びたい頃でしたので自分の都合で店を休んで遊びに行っていました。(気楽な大学生でした)


当時配達は現・瀧下酒店(次屋温泉隣)の店主、瀧下勤氏が行っていました。(私の叔父に当たります)


配達先を一軒づつ教えてくれるのですが大人の教え方で通る道も知らない道を平気で言ってきます。


配達に行ったものの近くでわからなくなって戻ってきたり会社に届ける時などは似たような会社名の別の所に間違って配達し失敗する事も多くありました。


現在は地図もわかりやすくなっていますし長年配達を行っていますのでそのような失敗をすることは少なくなりましたが新しいお客様宅に届けさせて頂く時には番地の見間違いなどでお届け先が見つけられない事もあります。(何年やっても完全はないですね。)


大学4回生になった時、配達業務をしていた瀧下氏が独立する為、退職しました。


大学に通うより店で働く事の方が多い生活になりました。
当時自分では「一人前に働けているな」と感じていましたが今から考えれば全く勘違いしていました。


当時、酒販免許が自由化されておらず規制に守られている状態でしたので酒類は酒屋にしか売っておらず何もしなくても売れていくのが当り前でした。


免許に守られている時代が長く将来自由化になるとは言われてましたが遙か先の事と当時は感じていました。


どの街にも酒屋が多くあった時代でした…





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2014年5月13日火曜日

食器洗い乾燥機が壊れた~

家を建て替えた時にシステムキッチンに組み込んだ食器洗乾燥機が故障しました。 


建て替えて間もなく5年です。
以前にもエラーサインが出て自分で内部を見るとホースが破れているのが見えました。


その時は修理出来そうな感じでしたのでホームセンターで分厚い目のホースを買ってきて取り換えました。 (費用200円でした・・・) 


今回も同じトコだろうと内部を覗きましたが以前換えたホースの部分はなんともありませんでした。


 「え?違う故障・・・」と内部を見渡すと給水ホースが抜けていました。


 「あ、これを繋げば直りそう!」と早速繋いでスイッチオン。


 ・・・動きました。 ヨシヨシ今回も直ったと様子を見ていると再びエラーサインが・・・


 「ダメだ~他が壊れてそう・・・」と仕方なく修理センターに電話をしてサービスマンを呼びました。


過去に自分で修理した事を言い内部を見てもらうと 「こういう事をすると改造になりまして修理の時通常の修理が出来なくなります」と・・・


「・・・すんません」と素直に謝りました。 


状況から判断してもらい「部品が壊れているのと勝手に開けた時にパッキンがズレているので その辺りから水漏れがしています。」と・・・ 


「修理されますか?修理代金25.000円~30.000円程度です」と聞かれたので 「直せばどれくらいの期間使えますか?」と尋ねると「寿命が7年で今5年ですの微妙ですが2~3年は使えると思います」と。 


「買い替える事も出来ますよ」と言われたので「費用は?」と尋ねるとあくまで定価ですが15万円程度と工賃3~5万ですと・・・


え?買い替えると高いのですね、とビビりました。 


「型遅れとかもあるのですか?」と聞くと探せばあるようがそれでも工事費を入れて総額で10万は下らないようです。


・・・修理でお願いする事にしました。


サービスマンがポツリと「月に一度は食器を入れずに回す必要があるのですよ」と・・・


「え?何ですかそれ?」と尋ねると。


「どうしても油汚れとかが流れにくいのでそれをする事によってホース内が汚れ難くなります」と。


「皆やってますのそれ?」と聞くと 「殆どの人が知りません」と。


「最初に言うて~な~~」と心の中で突っ込みを入れました。 


「修理してホースを換えますので今後は月1回空で回して下さいね。」と・・・


結局、部品が週明けに来るので今週一杯は使えないみたいです。


月一回、空回ししていてばもうちょっと故障せず使えたようです。


皆、知ってるのかな?知り合いに聞いてまわるとします。


修理費の出費痛いっす。



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2014年5月9日金曜日

<お酒屋今昔物語> ~2~

もりぐち酒店編…②



潮江デパート(現・コア)は市場でしたので店舗では店売りが主体でした。配達のご注文は買物の来た時に「あれとこれを持って来て…」と言った感じで注文を頂いていました。

当時「カゴ」など便利なものは無く適当にお客様が商品を店員に渡してダンボールの箱にまとめて入れてそのまま配達していました。

伝票も全て手書きで品数が多くなると延々と書き続けていました。



価格も全て覚えていませんので都度確認をしていましたので伝票記入にやたら時間が掛かっていた記憶があります。

価格を間違える事も多々有りそれでもお客様から叱られる事もないのんびりした時代でした。

私自身小学4年から配達を手伝っていました。(バイト賃欲しさに…)1軒50円の歩合制で国鉄(現JR)と名神高速を越えたら100円と勝手に決めていました。



1軒行くごとに「正」の字を書いて行き夏休み等には結構な小遣いを稼ぎました。自転車での配達は積める量が限られていますので1軒の配達を2回に分けて運んでいました。(のんびりしていたな~)



冬には灯油を扱うのですがドラム缶から一斗缶に入れ替える作業があり1缶いれて10円としていました。(手で回すポンプで入れていました、今では考えられないですね)



当時は倉庫も開けっ放しで商品も置き放題でした。盗まれる事もなく犬を飼っているだけでOKでした。

営業は店舗だけとなっていましたが倉庫と自宅が同じで誰もが場所を知っているので閉店後や休日に自宅までお客様が商品を買いに来られる事も良くありました。「代金はその内で良いから持って帰っといて」と言って渡す事が多くありました。(今の店舗でも同じ事をやっていますが…)



潮江デパートの前の道路は一車線の一方通行でした。近い将来四車線になると決まっていましたがいつの事かは不明でした。

現在は四車線で何の違和感もないですが一車線の頃は本当に狭い道路でバスが通る時に車が停まっていると通り抜けない程でした。



全てがゆったりとしていて何もかもが手作業でした。市場での商売・買物は完全に生活の一部で中心でもありました。



今の店でもその頃からのお客様がご来店して下さっています。どこで店を構えても原点は変わらないな~と感じています。




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